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高松高等裁判所 昭和31年(ネ)56号 判決 1957年12月11日

控訴人 田内三夫こと田内真吾

被控訴人 前田武治

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取り消す被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

被控訴代理人において、

控訴人の主張に対し「訴外浅井亀喜は民法附則第二五条第二項の適用を受ける余地なきものである」との主張を撤回する旨の控訴代理人の陳述の取消には同意しない。その他被控訴人従前の主張に反する部分は争う。と述べ、

控訴代理人において

(一)  訴外浅井玉恵は浅井分家戸主亡浅井茂世から本件土地及び同地上の旧家屋の包括遺贈を受けたものである。すなわち乙第一号証の第一条によれば遺言者は浅井玉恵の戸主である浅井本家から従来毎年米二十石の給与を受けていたのを遺言により永久に放棄している。右の毎年受ける米二十石は浅井分家の生活資源であるところ、分家の単身戸主浅井茂世は自分の死亡によつて分家の後継者をおかず、分家を廃絶せしめるために分家は生活の資源一切を本家に返上したものである。そうして死亡当時浅井分家戸主浅井茂世は本件土地及び同地上家屋(旧家屋)のほかには何等の財産も所有せず債務も負担していなかつたのであるから、前示乙第一号証第二条に「左記土地建物及び家具一切を挙げて」と記載して本件土地及び同地上旧家屋を表示していることは遺言者の所有する左記土地建物を始めとして家具等一切の財産を挙げて」という趣旨である。(たゞ「左記土地建物」が右分家の特に主要な財産であつたから、特にこれを表示したに過ぎない)

更に詳論すれば、

(1)  遺言者は法定推定家督相続人を有しない単身戸主である

(2)  遺言者が絶家する意思がなかつたならば乙第一号証を作ることをせずに指定相続人をおくのが常識であるのに、これを置かずして、乙第一号証を作つたのは遺言者の死亡によつてその家を絶家にする決心があつたものと見なければならない。

(3)  本家から毎年受けていた米二十石の受贈権利を放棄したことは遺言者が死亡と同時に自己が単身戸主である浅井分家を絶家する為であると見なければならない。

(4)  遺言者茂世には肉身の子として高島修祐があり、その子すなわち孫に該る者に高島俊雄や井上正があつたけれども、茂世の家に出入もしない寄付かない。又養女亀喜は岩川家に嫁したが、その後養親とは交渉がない。養親が死んでも葬式にも列せず、葬式は浅井本家がした。遺言者茂世の境遇はこのようなものであつて浅井分家をこれ以上継続せしめる欲望なく、自己の死と共に絶家して財産一切を本家に返還する決心をしたものである

以上の事情を考合すれば遺言者浅井茂世は全財産である本件土地及び同地上の旧家屋を本家戸主浅井玉恵に包括遺贈したと見るべきである。

右浅井玉恵は右遺贈を承認したことによつて旧民法第一、〇九二条により浅井茂世の遺産相続人と同一の権利義務を有するに至つたのである。したがつて遺言執行者の執行によるのでなくて、浅井茂世が死亡当時有していた全財産はその死亡により当然に浅井玉恵の所有に帰したのである。

(二)  次に昭和三一年九月二〇日当審第三回口頭弁論期日において、控訴代理人は、「訴外浅井亀喜は民法附則第二五条第二項の適用を受ける余地のないものである。という第一審以来の控訴人の主張を撤回する」旨を陳述したのであるが、右は控訴代理人が事実を誤解し且つ法律解釈を誤つたがためにした陳述であるから、右主張を撤回する旨の陳述を取消す。

すなわち訴外浅井亀喜は後記の通り民法附則第二五条第二項の適用を受けるべき適格者ではない。それ故右同人は亡浅井茂世の財産相続者ではない。したがつて被控訴人は本訴土地の所有権を取得したものではなく、被控訴人は本訴請求権を有しないものである。

そして浅井亀喜が民法附則第二五条第二項の適用を受けるべき適格者でない理由は次の通りである。

(1)  本件は新民法施行後に旧民法によれば家督相続人を選定しなければならない場合というに該当しない。なんとなれば戸主浅井茂世の死亡は昭和二〇年四月二四日であるところ、乙第二号証(戸籍簿)によれば旧戸籍の下に昭和二二年七月二日全員除籍により亡戸主浅井茂世の戸籍は抹消せられている。

右は旧戸籍法第一六条により絶家のために抹消せられたものである。

単身女戸主が死亡して無財産の家では家督相継人を選定することを必要としないのであるが、亡戸主浅井茂世の場合全財産を遺贈して無財産であり、死亡後二ケ年以上も家督相続人がなかつたから、これを絶家として全戸籍を抹消したものと思う。そうして一度絶家した以上は絶家には家督相続人の選定は許されない。

右の通りであるから亡浅井茂世の家督相続については民法附則第二五条第二項にいうような旧法によつて家督相続人を選定しなければならない場合に該当しない。

(2)  民法附則第二五条第二項には「その相続に関しては新法を適用する」といえるところ、新法の相続は家督相続を廃して財産相続一本である。換言すれば新法の相続とはある人の死亡によつてその人の一定の血族と配偶者とが共同にその人の財産を包括的に承継することをいうのである。故に相続財産の皆無な処に相続はないのである。

してみると乙第一号証により全財産を訴外浅井玉恵に遺贈して昭和二〇年四日二四日死亡した戸主浅井茂世の死亡と同時に、遺贈の効力が発生し旧民法第一、〇九二条により遺産相続人と同一の権利を以て別に遺言執行者の執行をまたずして遺贈者茂世の全財産は受遺を承認した受遺者浅井玉恵の所有に帰した以上、亡戸主茂世の相続財産は一物も無いのであるから新法による相続の起る余地は少しもないのである。

(三)  以上のように遺産相続人と同一の権利によつて浅井玉恵の所有に帰した亡浅井茂世の全財産はその中のたとえ一物でも、これにつき再び別個の家督相続や遺産相続が起る理由がない。したがつてこのような家督相続や遺産相続を称するものがあつたとすれば、それは存在しない相続を潜称する不法の相続人であつて、このような相続人並にその承継人は浅井玉恵並にその賃借人である控訴人に対しては民法第一七七条の登記の欠缺を主張しうる第三者には該当しない。

(四)  仮りに本件遺贈が本件土地及び同地上旧家屋の特定遺贈であるとしても、本件土地及び同地上家屋は遺言者の死亡に因つてその所有権は受遺者である訴外浅井玉恵に帰属したものであつて、同訴外人及び右訴外人から右物件を賃借している控訴人に対しては被控訴人において所有権取得の登記をしておつても、同人は民法第一七七条にいわゆる第三者には該当しないこと前叙の通りであるから、右訴外人及び控訴人に対しては登記の欠缺を主張することはできない。と補陳し

たほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

立証として被控訴代理人は甲第一、二号証を提出し、原審並に当審証人浅井亀喜(原審は第一回)、当審証人浅井玉恵の各証言及び原審における被控訴本人の供述を援用し、乙第八号証ないし第十一号証は不知にして、その余の乙号各証の成立を認めると述べ、控訴代理人は乙第一号証ないし第十一号証を提出し、原審証人山崎倬司、同高島俊雄、同井上正、同浅井亀喜(第二回)原審並に当審証人浅井玉恵、当審証人島崎友猪の各証言及び原審における控訴本人(第一、二回)の各供述を援用し、甲第一号証は不知にして第二号証の成立を認めると述べた。

理由

被控訴人が昭和二八年八月一二日原判決添付目録記載の土地を訴外浅井亀喜から買い受ける契約を結び所有権移転登記を経了したことは当事者間に争がない。そうして控訴人は右土地は訴外浅井亀喜の所有ではなく訴外浅井玉恵の所有であるから控訴人は所有権を取得し得ない旨主張するので検討する。

成立に争のない乙第一号証、第二号証の一、二、三、第三号証の一ないし八、甲第二号証と原審証人高島俊雄、同井上正の各証言の一部、原審並に当審証人浅井玉恵当審証人島崎友猪の各証言及び原審における控訴本人(第一、二回の各)供述と弁論の全趣旨によれば、本件の前示土地は訴外亡浅井庫次が所有していたが、同人は昭和三年八月一九日死亡し、その養女である浅井亀喜が同日家督相続に因り、その所有権を取得したこと、そうして右浅井亀喜は昭和五年一〇月二二日養母亡浅井茂世(庫次の妻)を家督相続人として指定届出をし、同日隠居した上、訴外岩川繁義と婚姻して同訴外人家に入籍し、前記浅井茂世の戸籍より除籍となつたこと、これによつて右土地は家督相続に因り右浅井茂世の所有に移転したこと、及び右浅井茂世は家族である直系卑属もなく只一人で暮して来たうち昭和一五年一一月二八日附遺言公正証書を以て、第一、遺言者は現在訴外浅井玉恵が戸主となつている浅井本家より受けている毎年米二十石宛の贈与を受けることを永久に辞退しその権利を放棄し、第二、遺言者はその所有に係る本件土地一筆及び同地上建物一棟同附属第二号ないし第六号の建物及び家具一切を挙げて右浅井本家の現戸主浅井玉恵に遺贈し、右浅井茂世は同二〇年四月二四日に死亡したこと、そうして、右遺贈物件は当時における右遺言者の全財産であること、右遺言者浅井茂世は法定の推定家督相続人のない単身女戸主であること、遺言者には実子高島修祐及びその子に該る高島俊雄、井上正があつたけれども、右遺言者の家に出入することもなく、養女浅井亀喜も岩川家に嫁した後は養親とは交渉がなく、養親の死亡に当り葬式にも参列せず、葬式は浅井本家がしたことが認められ、原審並に当審証人浅井亀喜(原審は第一、二回)の各証言中右認定に抵触する部分は前記各資料に対比すればたやすく措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠はない。そこで先ず右土地の遺贈が包括遺贈であるか、特定遺贈であるかを検討するに、遺贈が包括遺贈であるかどうかは、遺言に用いた文言、その他諸般の事情から遺言者の意思を解釈して決定すべきものであるところ、右認定の諸般の事情から判断すれば遺言者浅井茂世は自ら浅井分家の単身女戸主であるところよりこれを絶家とする意思で本件土地を含む一切の財産を本家である浅井玉恵(戸主)に包括遺贈したものと認めるのが相当である。

そうして包括受遺者は旧民法第一、〇九二条により遺産相続人と同一の権利義務を有するものであるから遺言書が効力を発生すると共に遺贈の目的物は直接受遺者に対し民法第一七六条所定の如く物権的に移転するものと解せられているが故に特段の事情のない限り受遺者である訴外浅井玉恵は前示浅井茂世の死亡に因り本件土地の所有権を取得したものと認められる。

そうして控訴人は訴外浅井玉恵は右包括遺贈を承認した旨主張するので検討するに、控訴人の立証によつては訴外浅井玉恵が遺贈の効力発生を知つた時(前認定に照し本件においては特段の事情のない限り浅井玉恵は亡浅井茂世死亡当時遺贈の効力の発生したことを知つたものと認められる)から三個月内に単純承認したことは認められないけれども、又限定承認若しくは放棄したことも認められないから旧民法第一、〇二四条第三号、第一、〇一七条第一項第一、〇九二条に則り単純承認したものと看做さるべきものと解するを相当とする。のみならず、右包括遺贈については特に遺言執行者の選任せられた事跡も認められないから前叙のような包括遺贈の効力に徴し何等の執行を要せずして本件土地所有権は前記その他の物件と共に前記単純承認したものと看做された日時において完全に訴外浅井玉恵に帰属したものと認めるべきである。

ところで又この点に関し、被控訴人は訴外浅井亀喜が訴外浅井茂世から遺産相続に因り本件土地の所有権を取得したと主張するけれどもこれを認めるに足る証拠はないから該主張は採用せず次に被控訴人は訴外浅井亀喜は民法附則第二五条第二項の適用によつて訴外浅井茂世の相続人として本件土地の所有権を相続に因り取得した旨主張し、控訴代理人は当初右浅井亀喜は民法附則第二五条第二項の適用をうける相続人ではない旨陳述しその後、右陳述を撤回したのであるが、その後右陳述を撤回する旨の陳述は控訴代理人の錯誤に基くものであるからこれを取り消し再び訴外浅井茂世は無財産であり且つ単身女戸主であつて、昭和二二年七月二日に絶家となつたものであるから家督相続人の選定は許されないものである。それ故に訴外浅井亀喜は民法附則第二五条第二項の適用を受け得ないものである旨主張した、そうして右陳述に対し更に被控訴人は同意しないと主張するので検討する。

被控訴人は訴外浅井亀喜が民法附則第二五条第二項の適用により訴外亡浅井茂世の相続人となつた旨主張したのに対し控訴人は当初被控訴人の該主張事実を否認したのであるが、その後右被控訴人の主張事実を否認する旨の陳述を撤回した。しかるにその後再び右陳述を撤回する旨の陳述を取り消したのである。そこで当初控訴代理人が右被控訴人の主張事実を否認していたものを撤回したがために右被控訴人の主張事実を自白したものとは認められないから控訴代理人のした右陳述を撤回する旨の陳述の取消は被控訴人の同意がなくとも許さるべきである。そこで先ず浅井分家は戸主浅井茂世の死亡によつて絶家となつたものかどうかというに、元来旧民法第七六四条第一項によれば「戸主を失いたる家に家督相続人なきときは絶家したるものとしその家族は各一家を創立す云々」とあつて、ここに絶家ありたるものとは家督相続人たるべきものが一人も存しない場合を指すので法定の推定家督相続人及び指定家督相続人のない場合は勿論、選定の家督相続人も存しない場合に該当するものと解するを相当とする。ただ最後の場合について考えてみるのに、事実上家督相続人の選定のためにする親族会が招集せられず、又招集せられるも選定決議をなさず、その他の事情によつて相続人を得ることができなくて長年月を経過したような場合には、被相続人の家は、何時において絶家となつたものと見るべきか別段の規定のない我民法の解釈上疑問である。相当の期間を経過するも選定により家督相続人となるべき者を得る見込がない限りは、相続財産の存する場合はいわゆる相続人曠缺の場合に該当し、相続財産は法人として取り扱われ、清算の結果残余財産は国庫に帰属するのであるからその時期においてその家は絶家となつたものと看做すこともできないこともないであろうが、相続財産の存しない場合又は存するも包括受遺者のある場合には相続人曠缺の手続を行うこともできないから、このような場合にはついに絶家の時期を決定することは殆ど不可能である。

本件についてこれを見るに浅井茂世は単身女戸主で本件土地及同地上の旧建物その他家財道具一切を浅井玉恵に包括遺贈して死亡したのであるが、法定の推定家督相続人は勿論指定の家督相続人もなく、又家督相続人選定のための親族会の招集せられた形跡も認められないことは弁論の全趣旨に徴して明らかである。したがつて亡浅井茂世において絶家する意思を以て右一切の財産を包括遺贈し、同人並にその家族の戸籍が控訴人主張のように昭和二二年七月二日全員除籍により亡戸主浅井茂世の戸籍が抹消せられているとしてもそれがために直ちに以て旧戸籍法第一六条に拠つて絶家に因り戸籍の全部を抹消したものとは認め難い。すなわち亡浅井茂世には前記の通り本件土地その他の遺産が存在したけれどもそれは総て浅井玉恵に包括遺贈せられているところ成立に争のない乙第四号証ないし第六号証(各戸籍謄本)の各記載によれば、亡浅井茂世にはその死亡当時孫に該る高島俊雄、井上正の直系卑属(同人らの父高島修裕は死亡)が存していることが認められるけれども、前認定のような事情によつて家督相続人選定の手続をとつた形跡も存しないこと前叙の通りである。このような状況下において果して何時において絶家となつたものと認めるかは甚だ困難な問題であつて、法律上はついにその絶家の時期を確定し得ないままに新民法の施行によりその適用を見たものというのほかはない。それ故に浅井亀喜は右高島俊雄、及び井上正と共に民法附則第二五条第二項の適用によつて亡浅井茂世の共同相続人(高島俊雄及び井上正は高島修裕の代襲相続人である。)となつたものと認めるべきである。このように解することが結果的に見ても旧民法下「家」並に「戸主権」を基調とする家族制度における「家」並に「戸主権」の承継を内容とする家督相続と専ら家族の財産相続を内容とする遺産相続の制度を廃して、新民法が配偶者と血族(法定血族を含む)による被相続人に属した財産の承継を内容とする相続の制度を認めた法律の精神に近いものと考えられる。

よつて訴外浅井亀喜は民法附則第二五条第二項の適用を受けうる相続人には該らないとする控訴人の主張は採用し難い。そうして成立に争のない甲第二号証の記載並に原審並に当審証人浅井亀喜の各証言によれば、本件土地につき昭和二八年八月三日附を以て、浅井亀喜において、同人が亡浅井庫次の家督相続に因り取得せる権利を昭和五年一〇月二二日亡浅井茂世が家督相続し更に同二〇年四月二四日再び浅井亀喜において単独名義で相続に因り所有権を取得した旨の登記を経由した上、同二八年八月一二日附を以て被控訴人において、右浅井亀喜から売買に因る所有権取得の登記を経了したこと、が認められ、これを動かすに足る証拠はない。(訴外浅井亀喜が単独名義で相続に因る登記を経由したことの適否については後に述べる)次に被控訴人は被控訴人が本件土地につき前記の通り所有権を取得しその旨の登記を経由しているに反し、訴外浅井玉恵は遺贈により所有権を取得したとしても登記を経由していないから訴外浅井玉恵及び控訴人はその権利取得を以て被控訴人には対抗し得ない旨主張し控訴人は本件土地は他の財産一切と共に亡浅井茂世の包括遺贈に因り遺産相続人と同一の権利により浅井玉恵の所有に帰したのであるから、再び別個の相続の起る理由がなく、このような相続を称する浅井亀喜は存在しない相続を潜称する不法の相続人である。それ故このような相続人並にその承継人は浅井玉恵並にその不動産の賃借人である控訴人に対しては民法第一七七条の登記の欠缺を主張しうる第三者には該当しない旨主張するので検討する。包括遺贈の場合と雖も被相続人死亡し相続が開始した後相続人が未だ受遺者に対して遺贈による不動産の所有権移転登記を為さない間に自ら相続に因る所有権移転登記を経由した上該不動産を更に他に譲渡しその登記を為したときは、その譲受人は民法第一七七条に所謂第三者に該当するものと解せられている。(大正一五、二、一大審院判決、昭和一三、九、二八同上参照)のみならず、訴外浅井亀喜は正当な相続人であつて、控訴人のいわゆる潜称相続人ではない。しかれども右浅井亀喜は単独の相続人ではなく、前記訴外亡高島修裕の代襲相続人高島俊雄及び同井上正との共同相続人(すなわち浅井亀喜と訴外高島俊雄、同井上正とは各二分の一の持分権がある)であるに拘らず本件土地につき単独名義にて相続に因る所有権取得登記を経由して、これを更に単独所有として被控訴人に売買に因る所有権移転登記を経由していることは前認定に照して明らかである。そうすると特段の事情のない限り訴外浅井亀喜並に被控訴人は該不動産の二分の一持分(自己の持分)に関する限りにおいては民法第一七七条にいわゆる第三者に該当するけれども、他の二分の一持分(訴外高島俊雄、同井上正の持分)に関しては同法条にいわゆる第三者に該当しない関係にあるものというべきである。すなわち右高島俊雄らの持分に関しては、これが先に包括遺贈に因り浅井茂世から訴外浅井玉恵に移転していた後において、前記相続により二重に右高島俊雄らに移転したのであるが、後記認定のように未だ適法な登記が経由せられていないのであるから、この関係においては訴外浅井亀喜並びに被控訴人の側から浅井玉恵並に控訴人(後記認定の通り適法な賃借人である)に対し、右持分の取得につき登記の欠缺を主張し得ないものというべく、その結果本件土地につき少くとも自己の持分を除く二分の一持分については浅井亀喜及び被控訴人側からはその共有権の主張をなし得ないものというべきである。そこで原審証人山崎倬司の証言中には、訴外浅井亀喜において右相続登記手続をするにつき右訴外高島俊雄同井上正の承諾書を添付した旨の証言があるけれども、原審証人高島俊雄、同井上正の各証言によりそれぞれその成立の認められる乙第八、九号証と同証人らの各証言によれば、訴外浅井亀喜は右相続登記手続をなした当時においては訴外高島俊雄、同井上正から同人らの右相続に対する承諾を得たこともなく、又同人らから右承諾書の交付を受けた事実もないことが認められ、これを覆すに足る証拠はないしてみると訴外浅井亀喜のした相続登記は訴外高島俊雄らの意思に基かない偽造の承諾書によつてなされたものと認めるのほかはない。そうして右単独相続による取得登記をするにつき右共同相続人らの相続放棄又は持分の放棄その他の原因によつて実体的権利関係が右登記に符合しているものとも認められない本件においては特段の事情のない限り右登記は一部無効のものと認めるのほかはない。

又原審証人高島俊雄、同井上正の各証言により成立の認められる甲第一号証と同証人らの各証言によれば共同相続人である訴外高島俊雄、同井上正は昭和二九年七月一三日に至り訴外浅井亀喜に対して同人が本件土地を単独名義で相続に因る所有権取得登記手続をすることを事後承諾(追認)したことが認められるけれども右追認には遡及効はなく、右追認の時よりその効力を生ずるものであるから右登記ももとより右追認の時より有効となるものであつて、訴外浅井亀喜及び被控訴人らは右追認の時より第三者に対して本件土地の単独所有権を以て対抗し得ることとなるに過ぎないものであつて、後記認定のように右追認の時より先んじ既に昭和二八年八月一九日訴外浅井玉恵から右土地を賃借した上同地上建物につき保存登記を経由して対第三者対抗要件を具備した賃借地人(建物保護に関する法律第一条第一項の適用による)である控訴人に対しては訴外高島俊雄らの二分の一持分についてはその完全な権利帰属を以て対抗し得ないものというべきである。(昭和二九、一、二八最高裁判所判決参照)

のみならず数人共有の不動産につき共有者の一人が共有者全員のために該不動産の妨害排除あるいは引渡を請求しうる根拠を共有物の保存行為たることに求めるとしても(あるいはその根拠を専ら不可分債権の類推に求めるとしても同一結論になる)特段の事情のない限りその前提として、共有者全員において共有物全部につき相手方に対抗し得る権利を保持していることを要するものと解するを相当とする。特に右相手方においても共有持分を保持していて、しかも事後該持分につき相手方に対抗しうる権利取得者も存しないにかかわらす、該不動産のその余の持分を取得した共有者が右相手方に対して共有不動産全部についての妨害排除ないしは引渡を求めうるとすれば、結果において相手方の共有持分は侵害されることとなり到底許さるべきものではないと解すべきである。

そうして成立に争のない甲第七号証、当審証人浅井玉恵の証言によりその成立の認められる甲第十一号証と原審並に当審証人浅井玉恵の各証言及び原審における控訴本人(第一回)の供述並に弁論の全趣旨を綜合すれば控訴人は昭和二〇年一二月二五日、当時の所有者である訴外浅井玉恵から本件土地を期間の定なく賃借し、同地上には現に控訴人が被控訴人主張の家屋を建築所有して該土地を占有していること、及び控訴人は右建物につき昭和二八年八月一九日附で自己名義に保存登記を経由していることが認められこれを動かすに足る証拠はない。

そこで叙上説示により本件においては訴外浅井亀喜並に被控訴人は本件土地所有権(二分の一持分権)に基き保存作為としても、あるいは不可分債権の類推によるも訴外浅井玉恵並にその賃借人である控訴人に対して該土地所有権に対する妨害排除並にこれが引渡(明渡)を求め得ないものと認めるを相当とする。

よつて被控訴人が本件土地の所有権に基き控訴人に対し本件建物を収去して本件土地の明渡を求める被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、右と反対の結論に出た原判決は失当として取り消すこととし、民事訴訟法第三八六条第八九条第九六条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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